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親に言えない借金500万。中身はコロナ禍の事業融資で、公庫200万と信金250万です。
ただ、ふり返ると「お金の失い方」を最初に覚えたのは、事業を始めるよりずっと前。大学時代でした。
株です。
「株 借金」で検索してこのブログに来た方もいるかもしれないので、先に断っておくと、私は株で借金は作っていません。でも、一歩手前ではありました。そして、その「一歩」を後年、別の場所で踏み抜きました。
今日はFXの前史にあたる、株で80〜100万を溶かした話を書きます。
株で借金はしていません。でも、このブログの借金の根っこは株でした
もう一度正直に言います。株では借金していません。現物取引だったからです。
でも、それは「偉かったから」ではなく「たまたま」でした。
口座のお金が尽きたら、それ以上は負けられない。現物取引の仕組みに守られていただけで、私自身に歯止めがあったわけではありません。
この借金ブログの根っこ——お金との向き合い方のクセは、間違いなくここで作られています。だから500万の返済記録を書くなら、この話を飛ばすわけにはいきませんでした。
アベノミクス相場。「株だ」という読み自体は正しかった
始めたのは大学時代、2013年から2016年ごろ。松井証券で口座を開きました。
時はアベノミクス。市場は右肩上がりでした。
覚えているのは三井住友です。当時3600円くらい。いまは8000円台です。
つまり、あのとき買って黙って持っているだけで、倍以上になっていた計算になります。
「これからは株だ」という先見自体は、正しかったんです。地方の大学生が、自分でそこに気づいて口座まで開いた。そこまでは悪くなかったと、いまでも思います。
正しかったのに、です。
待てなかった。ほぼスキャルピングと仕手株(宮入バルブ)
私は待てませんでした。
貧乏性なんです。ちょっと上がれば「この利益が消えたらどうしよう」と売り、ちょっと下がれば怖くなって売り。出したり入れたり、出したり入れたり。やっていたことは、ほぼスキャルピングです。
市場全体が右肩上がりだったのに、私の口座だけは右肩下がりでした。座って待つことが、どうしてもできなかった。
そのうち、もっと早く増やしたくなりました。
- ストップ高になった銘柄を「次もストップ高かも」と根拠なく狙い撃ち
- 仕手株(宮入バルブ)に賭ける
- 「水素が来る」「オリンピックだ」と乗っかる
根拠は、ヤフーファイナンスの掲示板でした。
名前も知らない誰かの「来るぞ」という書き込みを読んでいるうちに、いつのまにかそれを自分の判断だと思い込んでいました。いま文字にすると恥ずかしいのですが、当時は本気で「自分は情報を掴んでいる側だ」と思っていたんです。
就活のついでに株主総会へ。「異議なし!」の大人の世界
どれくらい入れ込んでいたか。就活で東京に行ったとき、株主総会に出ています。会場は東京国際フォーラムでした。
リクルートスーツで座る私の前で、議長が議案を読み上げるたび、最前列に座った恰幅のいい50代の男性陣が、間髪入れずに言うんです。
「異議なし!」
議案、「異議なし!」。次の議案、「異議なし!」。一言の議論もなく、しゅくしゅくと進んでいく。
大人の世界は怖い、と思いました。自分が画面の向こうで売り買いしていたものの正体を、初めて生で見た気がしました。地方から出てきた就活生が紛れ込んでいい場所ではなかった気がします。
そして結果から言うと、学生時代の株のトータルの損は80〜100万くらい。バイト代と仕送りで暮らす学生にとっては、大金でした。
信用取引なら借金になっていた。現物だから死ななかった、だけ
ここが、この記事でいちばん正直に書きたいところです。
株の損が「借金」にならなかったのは、現物取引だったから。それだけです。
現物は、口座に入れたお金以上には負けようがありません。80〜100万の損で止まったのは、私が止めたのではなく、仕組みが止めてくれただけです。
でも信用取引は違います。証拠金を入れて、手持ちより大きな金額を張る。当たれば大きいけれど、外れたときの損も手持ちを超えていく可能性がある取引です。
もしあのとき信用取引に進んでいたら、あの「待てない性格」「掲示板を根拠に仕手株へ突っ込む判断力」のままです。損が口座の外まで膨らんで、学生のうちに借金を背負っていてもおかしくなかったと思います。
当時の私が信用取引に手を出さなかったのは、リスクを理解していたからではありません。そこまで行く前に、お金と気力が尽きただけです。
そして社会人になって、FXで同じ過ちを大きくやった
笑えないのは、ここからです。
FXは、まさにその証拠金取引です。
学生時代に「進んでいたら終わっていた」はずの道を、社会人になった私は、お金を稼げるようになった分だけ大きな金額で、自分の足で歩いていきました。そして今度こそ、大金を失いました。
その顛末は別の記事に書いています。→ FXで借金を作った話
株で身についた「待てなさ」は、社会人になっても何ひとつ治っていなかった、ということです。むしろ、使える金額が増えた分だけ、傷は深くなりました。
いま思うこと
金融教育なんて受けたことのない地方出身の若者が、スマホをカチャカチャやって勝てるほど、相場は甘くありませんでした。
いいように抜かれただけです。
読み自体は合っていた。アベノミクスで市場は上がったし、三井住友を黙って持っていれば倍になっていた。それでも負けた。合っていた読みを台無しにしたのは、相場ではなく「待てない自分」でした。
ここに書いた数字も出来事も、盛らずにそのまま書いています。損は80〜100万。武勇伝にも教訓話にもならない、中途半端で、だからこそ本当の数字です。
これは投資の話というより、私の「お金の失い方の原型」の話です。コロナ禍の事業融資が500万に膨らむずっと前から、原型はもうできていた。そう思って、この記事を借金ブログの一本目の根っことして書きました。
いまは派遣で働きながら、月1万円ほどの返済を続けています。その途中で、ときどき思い出すんです。あの「異議なし!」の声と、3600円だった頃の三井住友のことを。